普通の家の子。母親が音楽好きだったというだけで、ピアノを教えてくれたというのでもない。ひたすらに音楽家になりたいと思いを強く持ち。楽器演奏は幼少時が重要で、それで音楽家になることを諦め作曲家を目指した…

普通の家の子。母親が音楽好きだったというだけで、ピアノを教えてくれたというのでもない。ひたすらに音楽家になりたいと思いを強く持ち。楽器演奏は幼少時が重要で、それで音楽家になることを諦め作曲家を目指した。西洋様式に憧れが強く、ロシア民族としての誇りも強かった。そんな強い強い思いが大作曲家としての力に成った、得意な存在の音楽家だ。 ヨハン・シュトラウス二世は、チャイコフスキーの花のワルツのスタイルを参考にウィンナ・ワルツの名曲を続々と排出した。そのチャイコフスキーはロシア音楽の大作曲家と呼ばれ、彼の音楽には厳しいロシアの大地を感じさせるところもあるが、けして国民楽派ではなかった。スメタナのモルダウなどとはチャイコフスキーの描く自然は違う。名曲のヴァイオリン協奏曲などは、南欧旅行の思い出である。チャイコフスキーの音楽の手本はモーツァルトだった。 それがチャイコフスキーの音楽がわかりやすい原点に有る。 モーツァルトはザルツブルクの音楽家で、ザルツブルクはウィーンのあるオーストリアの一都市で、、、ヨハン・シュトラウス二世はウィーンで生まれ、、、相関関係のなんとも妙なることよ。 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e919525.html